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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1040号 判決

控訴人 吉岡弘

被控訴人 吉岡正子いずれも仮名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。控訴人と被控訴人との間に出生した二女春美、三男晃の親権者をそれぞれ被控訴人と定める。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、認否、援用は〈証拠省略〉ほかは、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

控訴人と被控訴人とが、昭和八年三月四日婚姻した夫婦であることは、当裁判所が真正に成立したと認める甲第五号証(戸籍謄本)によつて明らかである。而して右甲号証、原審証人中村定雄(第一、第二回)同宮本一夫、同田中八郎(第一回、第二回)同吉岡清(第一、第二回)、同吉岡文子(第一、第二回)、当審証人神戸久子、同吉岡光の各証言並びに原審における控訴人吉岡弘本人及び被控訴人木村正子本人(第一、第二回)各尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

控訴人は明治四十一年生、被控訴人は大正二年生であるが、昭和二三年頃神戸市内で互に近所に住んでいる間に知り合い恋愛に進み、昭和六年春控訴人が音楽の学習のため上京して後間もなく被控訴人も上京し、双方の父母とも結婚に反対であつたにも拘らず東京都下国立で両名同棲をはじめ、その後相次いで神戸市に戻つたが、長男清(昭和七年生)出生後恩師のあつせんによつて漸く双方とも父母の同意を得て婚姻した。その頃控訴人は宝塚歌劇団の作曲嘱託として就職し、神戸市内に家庭を持ち、その後長女文子(昭和八年生)、二女春美(昭和十一年生)、二男賢(昭和十八年生昭和二十年死亡)、三男晃(昭和二十年生)を挙げたが、その間夫婦の間柄は必しも常に円満ではなく、激しい口論が交わされたこともあり、しかも控訴人は約八年で宝塚歌劇団における職を失い、昭和二十年六月には戦災に罹り、戦後もその才能を生かす適当な職も見当らず、不満を酒に紛らせて家族には粗暴に流れ、家計の困窮も甚だしく一時は被控訴人が行商等をして家計を補う等のこともあつて、これ等に伴い夫婦の間は益々融和を欠くようになつた。その後長男の就職や、控訴人自身の音楽、作曲等による収入によつて家庭生活は徐々に安定に向つたが控訴人と被控訴人との間柄は改善されず、控訴人が職業柄他の女性と接触の機会が多いことや、往々外泊すること等が一層被控訴人の不満を募らせ、ことに昭和二十五年末頃控訴人が城崎市の音楽コンクールに審査員として出席した帰途訴外神戸久子と行動を共にしたこと及びその後も同女との間に交際が続けられていることを耳にした被控訴人の憤慨は蔽い難いものがあり、その頃から夫婦の間は急速に悪化し、昭和二十六年五月頃親戚の中村定雄方で控訴人と被控訴人とが神戸久子のことについて激しい喧嘩をしてからは、控訴人は、家庭に帰らず予てから計画していた単身上京を実行し、上京後神戸久子と同棲して妻を顧みず、家族に対する経済上の負担をなさず、一方被控訴人も、同居の子女が次々に就職して経済的にほぼ安定したので控訴人の寄与を必要とせず、控訴人は被控訴人と離婚して神戸久子と正式に結婚することを欲する旨を表明し、被控訴人はこれに反しその子女等とともに離婚よりは現状の継続を希望し、昭和二十八年一月控訴人の申立により開始された離婚請求の家事調停においても、一時は離婚の協議が成るかに見えたが、結局被控訴人の拒否によつて同年十二月右調停は不調に終り、両者融和しないまま相対峙して現在に至つているものである。

以上の認定事実その他前掲各証拠から認められる諸般の事情を考慮するときは、今や控訴人と被控訴人との間には夫婦としての相互の愛情も信頼も失われ、協力扶助の実もなく、単に法律上夫婦であるというにとどまり両者の間に正常な婚姻関係を継続することは極めて困難な状況に在るものということができる。

しかしながら、以上の事実の推移と前掲各証拠とを総合するときは、現在の右事態の最大の原因は控訴人と神戸久子との間の婚姻外の愛情関係に在り、控訴人と被控訴人との不和に伴う被控訴人の控訴人に対する常軌を逸した言動等も主としてここに基因するものと認められるので、かように控訴人自ら一方において夫婦の相互の信頼に背き婚姻の継続を困難ならしめる事態を形成しつつ、他方その同じ事態を理由として控訴人の側から離婚を訴求するが如きことは、民法第一条の法意に照し、許されないものである。

控訴人は、被控訴人が(イ)昭和十九年中控訴人と激しい口論の末家出したこと、(ロ)昭和二十三年六月中放送局員の面前で控訴人の作曲を誹謗したこと等をも婚姻を継続し難い重大な事由として主張するけれども、右(ロ)の事実はこれを認むべき証拠なく右(イ)の事実は原審証人土谷義一の証言によりこれを認めることができるけれども(但し被控訴人は外出の数時間後には帰宅しているので家出と称するほどのものではない。)、この程度の事実は婚姻を継続し難い事由となすに足りない。

控訴人は、その他婚姻を継続し難い事由として前記中村定雄方における喧嘩の際の被控訴人の言動や、その後における被控訴人の控訴人に対する不当な態度を挙げるけれども、前掲各証拠によれば、これらの主として控訴人と神戸久子との前示関係に誘発された出来事と認められるから、それらの事実だけを切離して独立の離婚原因として論ずることは相当でなく、また原審における控訴人吉岡弘本人尋問の結果によれば、被控訴人の控訴人に対する嫉妬が却つて控訴人を駆つて神戸久子に赴くことを早からしめた消息が窺えないでもないけれども、これらのすべての事情を考慮しても、現在における控訴人との間の婚姻継続の最大の障碍というべき控訴人と神戸久子との間の前記関係をそのままとして控訴人より被控訴人に離婚を訴求することは失当であるとの当裁判所の前示見解を動かすに足りない。

しからば控訴人の本件離婚の請求は失当であつて、これを棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項にのつとり本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

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